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ココ の ブログ

グーグル・アース(3)



グーグル・アース(3)

 昨日はグーグルを利用した近道情報が上手く役立った。近道を利用するメリットは時間の短縮だから、これからも事前に近道を探すのにグーグル・アースを使うだろ。デメリットは道が狭いから事故が起きないよう緊張してしまう事だ。しかし、広い道も別の意味で緊張する。大体が日本の狭い道では緊張せざるを得ず、これからも緊張する事はあるだろう。尤も、45年もの運転歴があればデメリットよりもメリットの方が多く、お蔭で便利な生活を享受している訳だ。あと何年それが続けられるだろう。多分、80歳になれば止めているだろう。精神的にも体力的にも無理はしたくない。自分で運転せずとも良い生活が出来れば良い訳だ。それでは今は運転しなければならない生活をしているという事なのだろうか?

アルプス・ルート
アルプス・ルートでは、先人の作ってくれたルートが近道である。

 いや、そうではない。車が無くても生活はできる。唯、時間の節約が出来ないだけだ。尤も、時間を節約して余った時間を有効に使っているかが問題だ。昨日の事で言えば、仮に電車を利用していれば(事務所の若いスタッフは大阪の事務所から電車で来ていたのだ)大阪経由のV字型Uターンで行っただろうから時間が三倍は掛かっただろう。それが為に二倍の時間は得をした事になるが、それがどうしたというのだ。片道わずか40分稼いだだけの話ではないか。その蓄積が大事という理屈も成り立つが、要は時間の使い方だ。時間は今は有り余るほどある。若い頃のようにやりたい事が多すぎて時間を求めていたのとは違う。必要な時に無く、それほど必要でない時に在るものになってしまった。

高野山奥の院.
高野山奥の院への表参道は、歴史を感じさせる近道である。

 では、何の為に車に乗るのだ?車が好きなのだろうか?そう、確かにそれもある。若い頃から車を持って走り回っていたのだ。スポーツカーに乗っていた頃もあった。事故を起こした事もあった。友人の飲酒運転で、繁華街のアーケードを突き破って人形屋と時計屋の間に激突したこともあった。友人は大怪我で救急車で運ばれたが、ボクは奇跡的にかすり傷だけで済んだ。新聞に載るほどの事故で、友人たちに冷やかされたものだった。教訓にはなったが、それでも車の運転は止めなかった。以来、事故はしなくなったが、スピード違反は数えきれない程し、反則金も大枚支払った。しかし、サラリーマンを辞めてからの20年間は無事故・無違反でゴールド免許が続き、表彰される程の優良運転者になった。

京都の竹林
京都の竹林は散策を兼ねた近道である。

 だから車は生活の一部、いや、身体の一部になっていて、移動手段として電車や汽車よりも多く利用していることになる。サラリーマン時代は電車が多かったから車に乗る時間は今よりも少なかった。だから、スピード感が鈍って、スピード違反が多かったのだろう。無駄な金を使ったものだ。が、それは返って来ない。その無駄遣いのお蔭で運転は上手くなったから、詰まるところ遊びの金を遣ってきただけの事だ。遊びも人生の一部だから、それだけ人生を楽しんだ事になる。今更悔いる事でもない。むしろ喜ぶべき事ではないか。しようとしても出来ない人も居るのだ。やりたいことが出来て幸せだと思えば良い。人を不幸にしていないのだから良いではないか。

ウオーキング・コース
ウオーキング・コースは、健康維持の為の近道である。

 生活のパターンがそういう風に出来上ってしまっているのだから、それを変えるとなると大変だ。せめてあと10年はこのリズムで行きたいものである。そして80歳の手前数年で、車の要らない生活に慣れて行けば良いのだ。出来れば、運転手(タクシーでも良い)に運転してもらって行けば良いのだ。その頃は電気自動車になっているだろうから、もっと静かな車社会になっているだろう。そんなことよりも、近道をその頃でも探しているだろうか?まさか急ぐ事も無い生活になっているだろうから優雅に行きたいものである。車と違って、人生に近道は無いのだ。言い換えれば、若い頃、人生マップを設定し、予測し、実践して来た事が近道だったのかも知れない。時々の修正はあったろうが。

當麻寺
通いなれた當麻寺への道は、矢張り昔からの道が近道である。

 近道とは、誰も知らないか、一部の人しか知らない道の事だから、生半可な知識や情報では一見便利なようで危険が付きまとうものである。熟知した知識で近道を選べば、それはもうその人にとっては近道ではなく、危険もなく普通の道だ。プロはそういう情報を多く時っている人の事を指すのだろう。それが当たり前になれば第一人者に成れる訳だ。政治であれ、経済であれ、スポーツであれ、その道のプロは世の中が認める存在だ。それでも転落する人々が多いのが人生でもある。なかなか難しい道だが、極めるということは考えてみれば人生の成功者であり、達人ということでもある。地道ながらコツコツと努力した結果、観えて来るものがあれば、案外それが近道ということなのかも知れない。

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